将来に残す緑の輝き 毎月の作業、農家と“対等”…栃木・棚田オーナー制度

読売新聞からの引用です。

 「あそこは足を踏み入れられないほど荒れていたんですよ」。栃木県茂木町入郷地区の入郷棚田保全協議会の塩沢康治さん(38)が、眼下に広がる緑の幾何学模様を指さした。
 日本の棚田百選の一つ、石畑棚田。その再生を導いたのが、都市住民に農作業を体験してもらう棚田オーナー制度だった。ここ石畑棚田では2002年に始まった。今年は過去最多の37組が登録し、5月に田植えが行われた。
 棚田はコメ作りという“本業”にとどまらず、洪水防止や地下水かん養など、さまざまな面に役立ってきた。全国に1000か所以上、約22万1000ヘクタールが残るが、高齢化や後継者不足、生産効率の悪さから、耕作が放棄される例は増え続けている。
b0012811_1138898.jpg 肥よくな土や水に恵まれ、「茂木町の農地の一等地」と言われた石畑棚田も、5年ほど前は計約5ヘクタールの3割以上が遊休化していた。稲作をやめた水田には、1年で桑の木やヨシが生えた。「みんな自分の田んぼで精いっぱい。しようがない」。会社勤めを辞め、地区で農業を継いだ塩沢さんも、古里の荒廃には打つ手なしと半ばあきらめていた。
 そんな時、町から紹介されたのがオーナー制度だった。2000年に地区の農家7人が協議会を結成し、千葉県鴨川市の大山千枚田で手法を学んだ。2年後の初年度は県内や東京都、千葉県の13組が参加した。
 オーナーは年会費3万円で1アールを担当する。よそには田植えや稲刈りだけ参加という例も多いが、石畑棚田では毎月のように作業がある。泥であぜを作る「クロ掛け」や、日照のために立ち木や枝を払う「コサ刈り」なども自分でやる。
 農家が飲食を振る舞うようなことは極力避ける。「いずれ農家には、それが重荷になる。長続きさせるには、農家とオーナーが対等でなければならない」と、協議会員の五味淵(ごみぶち)芳章さん(65)。
 今年始めた月刊の会報作りも共同作業だ。3年連続でオーナーになった宇都宮市の自営業、塚原誠さん(63)は「かかわりが多い分、棚田への愛着も強くなる」と評価する。農作業に加えてホタル観賞会やタケノコ掘りなど、交流は年々盛んになってきた。
 3年間で約50アールの棚田がよみがえった。ただ、農家の高齢化や後継者不足は解決したわけではない。棚田の農家10戸のうち、後継者は塩沢さんただ1人だ。
 だが、確実に地域に変化は生まれた。協議会長の大町弘志さん(67)は、それを「輝き」と現する。「以前は惰性でやってきた農業に対する考えが変わってきた。オーナーだけでなく、農家の表情にも輝きが出てきた」
 棚田の荒廃を「しようがない」と感じた塩沢さんも、今は「将来へどう残すか」と真剣に思案する。オーナー制度は、棚田に対する農家の誇りもはぐくんでいる。(浦郷明生)
(2004年7月2日 読売新聞)
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by win2010 | 2005-07-02 11:31 | 石畑の棚田


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